コメ○ 化学な絆

「ねぇみんなこれみてよ!」
アウィンが叫んでいる。目はテレビにくぎ付けだ。僕としては朝のティータイムを邪魔されたくないんだけど…
「なんや、昨日の台風でハネッコでも飛ばされたか?」
「台風が来るたび飛ばされてますからね…大丈夫でしょうか?」
そんなことでアウィンが叫んだとは考えられないが…
トパーズとラピスもテレビをのぞきこむ。仕方ない僕も行こうか。
テレビでは今1人3役で人気の出てきているドードリオのアナウンサー(名前は確かドードリ堂だっけ?)が深刻な顔でニュースを読んでいる。
ん?後ろのモニターにある学校は…
「ここは前に依頼をしたあの学校ではないですか?」
ああ。今、モニターは切り替わってしまったが、あれは間違いなくランクとアジュールが通っている学校だった。
「うん。ニュースによるとそうみたい。職員室から火が出たんだって。それで…」
「へー、スバメの大量大陸移動やって!スバメの巣のスープ一度食べてみたいんやけどなぁ。」
お前の関心はそっちか!
「ねぇ、トパーズ?少し静かにしてもらえませんか。」
「ラ、ラピス姉!いや、えっと…その…すんまへん。」
トパーズはラピスに恐怖心があるらしい。いいかげん慣れればいいのに…
「ありがと、ラピス。じゃあ話に戻るよ。この火事、実はおかしなところがあってね…」
アウィンはそこまで言うとこっちを向いた。どうしたんだ?
「実は、火のつきようのない状況で火がついたんだって。どうする?クォーツ?」

という訳で僕たちは今学校にいる。天気は快晴。まさに台風一過とはこのことだね。
周りに記者や警察はいるが生徒は1人もいない。こんな状況で授業はできないんだろう。
「あ!クォーツさん!」
…いや、1人だけいた。
「ちょっとアジュール!生徒がここにいていいの!?」
「大丈夫ですよ、先輩。今は生徒の前にチームJewelのメンバーですから。」
いや、メンバーの前に生徒だと思うけど…
「それにこんな不思議なことを見過ごしたら探偵事務所の名がすたるってもんですよ!」
そうだ、僕たちはそのことを調べに来たんだった。
「アジュール、ちょっといいかい?その不思議なこと、火のつきようのない状況での火事ってどういう意味なのかな?」
「じゃあ、順番に説明していきますね。火が出たのは教頭先生の机だったんです…」
第一発見者は警備員さんでした。…といっても警備員さんの目の前で火がついたんですけどね。
その警備員さんの話では、職員室の近くを見回っているときに火がついたらしいんです。
確か2回目の見回りだったらしいので深夜2時頃、ちょうど台風が一番強い時ですね。なにか風で飛ばされていないか注意して確認していたら、職員室の中から窓の割れる音、書類の飛び交う音が聞こえたんです。
「それで急いで中に入ると一番窓側にあった教頭先生の机が燃えていた…ということです。すぐに消したので燃えたのは少しだけだったそうですが、一応有名な学校なのでそこで火事が起きただけでも話題になるんでしょうね。」
驚いた…。火事にではないアジュールの情報収集能力にだ。
「やるやんけ!ようそんな詳しい情報わかったなぁ」
「ありがとうございます!警備員さんとよく話しているので。」
「へぇー。なに話してるんや?」
「最近起こった事件についてです。」
まぁ、アジュールらしいといえばらしいな。
「それで職員室は今どうなってるの?」
アウィンが聞きたかったことを聞いてくれた。一番気になっているのはそこだ。
「それが周りは警察だらけで近づくことすら出来ませんでした…。全くあのコイル、人を子供だと思って…」
よし、それだけ分かれば充分だ。
「ありがとう、アジュール。助かったよ。」
「え?あ、はい。お役にたてて嬉しい…です…///」
「ちょっと、クォーツ!職員室に行くんでしょ!ほら、さっさと行くわよ!」
2人ともどうしたんだ!?
急に言葉使いが変わって…
ラピスはこっちを見てニヤニヤしてるし…
うーん、謎だ…

―職員室―
「君たちここは今立ち入り禁止で…」
「エヌ警部はいらっしゃいますか?僕たちは警部の知り合いなのですが…」
「け、警部の知り合いの方でしたか!わかりました。今確認をとってきますので…」
「どうしてエヌ警部がいるってわかったの?」
「探偵のカンさ。あぁ、警部!」
「やぁ、クォーツくん。まさか君がここにいるとはね。ちょうどよかった。今事件が難航しててね。よかったら協力してくれないかい?本当は一般人に頼んではいけないのだがね。」
「もちろんです。そのために来ましたから。」
「それじゃあ、よろしく頼むよ。ところでそちらの方々は?」
「Jewelのメンバーです。アウィンとラピスはご存じですよね?トパーズとアジュールです。」
「へ?ラピス姉はいつこの警部さんに会ったんや?」
「ラピスはアウィンといつも依頼をしているからね。警部にも会ったことがあると思ったのさ。」
「そうそう引きこもりのあなたたちと違ってね!」
恐縮です…。
「ん?アジュールくんはここの生徒じゃないのかい?」
「えっと…それは…その…」
「あぁ、アジュールは今生徒の前にメンバーですので気にしないでください。」
「は?」
「大丈夫です。僕が保証します。」
「クォーツくんがいうなら…。ただし危ないことはくれぐれもしないように!」
「は、はい!ありがとうございます!」
「それじゃこっちだ。ついてきてくれ。」

「うわっ!なんやこれ。めちゃくちゃやないか。」
中は雨に濡れた書類が散乱し、意味は違うが「台風一過」の状態になっている。
一番窓側にある机…多分あの机だろう。全焼してしまっている。
「どうやらこの机から火が出たようなんだが、なぜいきなり火がついたのかさっぱりなんだ。」
「なるほど…」
この机から情報を得るのは難しいだろう。なんとかわかるのは本や書類が山と積まれていたことぐらいだ。
「あれ?これはなんでしょう?」
「どうしたの?」
ラピスがなにかを見つけたらしい。
「ん?ああ、これはラベルがないので調べてみなくてはわかりませんが、多分『おいしいみず』でしょう。外に自販機がありますよ。私が学生の頃は自販機すら珍しい時代でしたから羨ましいですね。」
「え!そうなんですか!?私は昔からあるものだと…。」
「とんでもない!自動販売機が一般に普及し始めたのは1960年代と言われていて…」
まぁ、警部の相手はアジュールにまかせておこう。
「ラピス、少しそれを見せてくれないか。」
「ええ、わかりました。どうぞ。」
…やはり、警部が言っていたようにただの水なのだろうか…。
ん?このキャップは…
机近くの床を調べてみる。
…あった。ということは机の上には…
机は燃えつきたように見えたが炭にはなっていない。
『床からしてこの辺りに…』
…見つけた。ペットボトル、床、そしてこの本…これがこの事件の鍵を握るだろう。この火事は事故なんかではない…
「警部、職員の一人が訪ねてきましたが…」
推理を進めているとコイルが入ってきた。おそらくさっき見張っていた内の一人だろう。
「今では約500万台が設置されていて…え?」
オオタチ先生です。」
「ああ、またあの先生か…」
「あの先生とは?」
「この学校の教師だよ。大切なものを忘れてしまったので返してほしいんだそうだ。できるだけ現場を火事のあった状態のままにしておきたかったがもういいだろう。呼んでくるよ。」
と言って、警部は職員室から出ていった。
「アジュール、オオタチ先生という人はどんな人なんだい?」
「えっと、理科の担任で、ものすごく影の薄い人です。あんまり話さないのでよくは知りませんが。あ、あの人です。」
警部に連れられて入ってきたのはおとなしそうなオオタチだった。
「大切なものとはどんなものですか?」
「本です。机の上に置いていたのですが…」
先生は自分の机を探していたが時折燃えた机や床を見ている。
なるほど。大切なものとは…
「ありましたか?」
「それが、どこにも…」
「ありましたよ。」
一斉に全員がこっちを向く。さぁ、謎解きを始めよう。
「先生、あなたが探しているのはこの本ではないですか?そして、水の入ったペットボトル。」
僕は燃えた本とラピスの見つけた水を出した。
「どうしてそれが…」
先生は驚きを隠せないようだ。目には恐怖が浮かんでいる。
「先ほど床にあったのをここにいるラピスが見つけました。」
全員の目がラピスに向く。
「えっと…」
「しかし、このボトルには少しおかしな点があるのです。」
目線が僕に戻ってくる。
ラピスもほっとして話を聞き始める。
「おかしな点?そんなものはなかったように見えたが…。」
「1つは警部、あなた自身がおっしゃったことですよ。」
「わたしが?」
「そう言えば、ラベルが巻かれてないような…」
「その通りだよ、アジュール。よく見破った。」
「え…あ、ありがとう…ございます…」
「それで、誰がなんのためにそんなことしたのよ?」
また2人がおかしく…って今はこっちの謎が先だ。
「誰がやったかはまた後で説明するとして、なぜそんなことをしたかは決まっているだろう。邪魔だったからさ。」
「邪魔や言(ゆ)うても、なにをするんに邪魔やったんや?」
「そう先を急がなくてもいいだろう。順番に説明していくから。まず、この水は警部が考えた通りここで手に入れたものだろう。学校に来てすぐに水を買い、ラベルをはがした後、職員室を訪れた…」
「やから、なんのためにラベルをはがした言(ゆ)うんや?」
「太陽の光を集めるためさ。そうですよね、オオタチ先生?」
僕はオオタチ先生を見た。
「ち、ちょっとクォーツ!なにを言って…」
「そ、そうですよ。それに太陽の光って…?」
アウィンとアジュールを無視して僕は推理を進める。
「まず、気になったのはラベルともう1つ、どこかから落ちたのでしょう、キャップにへこみがあるのです。」
誰もしゃべらずに僕の話を聞いている。これほど謎解きに適した状況はないだろう。
「それでは、どこから落ちたのか?皆さんこの燃えた机近くの床を見てください。へこんでいる箇所があるのがわかるはずです。」
全員の目が床に移る。いや先生だけがこっちを見ている。僕がどれだけのことを知っているのか詮索しているのだろう。
「見てもらった通り床にはボトルが落ちたような跡があります。大きさも深さも一致するのでこのボトルが落ちたということで間違いないでしょう。つまり、このボトルは机が燃える前、机の上にあったのです。アジュール、教頭先生はいつもこの部屋にいるのかい?」
「え?あ、はい!えっと…教頭先生はよく廊下にいて授業を見ていますよ?休み時間でも廊下で私たちと話しています。あまり職員室には行かないのではないでしょうか?」
「なるほど、つまり教頭先生の机にボトルがあったとしても全く気づかないということだね。」
「クォーツ君は誰かがこの机の上にボトルを乗せた。そう言いたいのかい?」
「ええ。その通りです、警部。」
「それで、その人がオオタチ先生だと?」
「ばかばかしいですね。」
初めて先生が口を開いた。
「なぜ私がそんなことをしなくてはならないのです?それに職員室には大勢の先生方がいらっしゃいました。私と決めつけるのはどうかと思いますが?」
「なぜボトルを置いたかは先ほど言った通り日の光を一点に集めるためです。一点に集まった光は机の上にあった本を燃やし始める。この本にはその跡が残っています。理科を教えているあなたならどこに置けば効率よく本を燃やすことができるかは簡単に分かったでしょう。」
「そんなことで私を犯人だと言ったのですか?」
「もちろん違います。あなたは『大切なものを忘れてしまった』と言って何度もここにきていましたね。何を忘れたのですか?」
「それは…」
「それに、それがどんなに大切なものだったとしてもわざわざ火災が起こり、警察が捜査をしているところへ何度も訪れるのは非常識だとは思いませんか?」
「クォーツが言っても説得力ないでしょ。」
「何か言ったかい?アウィン?」
「え?あ、いや、なんでもない、なんでもない!」
「それで、私が犯人だと…?」
「ええ。その通りです。あなたが、探していた大切なものとはボトルと本…放火に使われた道具です。」
「で、でも、結局火は昼ではなく夜の誰もいない時につきました!クォーツさんの推理では先生は昼に火をつけようとしていたはず!先生は犯人では…」
「もういいんです、アジュールさん。」
「でも…!」
「クォーツさん…でしたね。全てあなたの言った通りです。私がこの机に火をつけました。」
「それでも、アジュールが言(ゆ)うたことは間違ってへんで。何で夜に火がついたんや?」
「クォーツさんは分かっているのではないですか?」
「雲さ。」
「雲?」
「ああ、雲が太陽を隠し、光を遮ったんだ。光源を隠されたら本が燃えることはない。」
「それでは、どうして夜になって急に火がついたのでしょう?」
「それは、ラピス、君自身が朝言っていたじゃないか。」
「私が?」
ハネッコたちは飛ばされるから大丈夫だろうか?ってね。」
「あ!台風!今年はいつもより風が強いから窓が割れたんだ!」
「その通りだ。アウィン。スバメたちが一斉に大陸移動をするぐらいにね。」
「それで?窓が割れたっちゅうことは分かったけど、それと夜に火がついたのは何か関係があるんか?」
「まだわからないの?窓が割れたらどうなるのよ。」
「そりゃあ、一気に風がブアーっと…あぁ!」
「風を受けてまだかすかに残っていた火種は炎となる…これがここで起こった一部始終です。Finish my reasoning.何か質問は?」
いつものセリフで僕の謎解きは終了した。
「まさか、名探偵に出てこられるとは、思わぬ誤算でしたね。完敗です。」
「ですが、まだわからないこともあるんです。」
「なんでしょう?」
「あなたはなぜこんなことをしたのですか?それに雲が出てきた時あなたは他の方法で火事を起こすこともできたはずです。なのにあなたは計画を中止した。それはなぜですか?僕には全くわからないのです。」
「ああ、犯人の動機というわけですね。私は理科を教えています。もちろん実験も多いです。実はこの学校には私の息子が通っていました。私の血を引いたのか実験が好きだったんです。家でも学校でもよく質問にきていました。アジュールさんも知っているのではないですか?」
「はい、実験好きで有名でしたから。確か今は交通事故で入院中って…」
「ですがそれは交通事故なんかではないのです。皆さんはナトリウムという金属を知っていますか?この学校にも少しだけあるのですが…」
原子番号11のアルカリ金属元素、切ると特有の光沢があり、酸化力が極めて高く、水と反応して…」
「発火する。その通りです、クォーツさん。私はその美しい光沢を見せてあげようとナイフを取りに戻ったんです。その時悲鳴が聞こえて…急いで戻った時、息子は全身に大火傷を負っていました。」
「なぜそんな火傷を?」
「先ほど先生がおっしゃったようにナトリウムですよ、警部。先生の息子さんはナトリウムを早く見たくて慌ててしまったのでしょう。中の液体をこぼしてしまった。ナトリウムは水と反応するので通常は石油の中に入っている。それを知らなかった彼は怒られないように水かさを戻そうとして水を入れた。」
「ほんで?そしたらどないなるんや?」
「ナトリウムは水の中のOと反応し水素を発生させます。ナトリウムはOと反応する時高温になり水素に引火、持っていた息子は当然大火傷を負いました。」
最後は涙声になっている。
そうとうショックだったのだろう。
「私は自分に責任を感じ、この学校を辞めたいと教頭に辞表を出しました。すると教頭は」
君に辞められては困る。事故とはいえ、この学校で傷害事件があったと知られては名前に傷がつく。このことは不慮の事故として処理する。君も決して口外しないように。
「と言って、辞表をつき返してきました。息子が入院した原因は私かもしれないのに自分はのうのうとあの子の人生を狂わした実験を繰り返しているのです!こんな仕打ち耐えられない!あなた達にこの気持ちが分かりますか?絆で結ばれた人の未来を奪った行為を繰り返す、この気持ちが!」
誰も何も言わない。先生の目には大粒の涙が光っている。
「私はクォーツさんの言ったトリックで学校を燃やそうとしました。しかも、もし燃やすことができなくても教頭の机から火が出れば何らかの処分がくだされるだろうという最低な考えです。」
静まりかえった部屋の中で微かなすすり泣きが聞こえる。見るとアウィンやアジュール、ラピスがもらい泣きをしていた。
「クォーツさん、確かもう一つ質問がありましたね。」
「ええ、なぜ雲が出てきた時、計画を続行せずに中止したのですか?」
「雲が出てきた時―その時私は神様が私を救って下さったと思いました。こんなことをしてもあの子の火傷が治るわけでもない。ただあの子と同じように苦しむ子供が増えるだけだと気づいたのです。私はこの学校を燃やすことを断念しました。あの子が回復した時、もっといろんな実験をさせてあげようと決心したのです。それなのに…」
先生は一旦話を切った。しばしの沈黙が訪れる…。
「それなのに、火事は起きてしまった。学校から連絡が入った時、私はいてもたってもいられず学校へ向かっていました。」
「神様は意地悪ですね。人を殺そうとするのを思い止まらせたくせに結局おとしめる…もう私は誰も信じることができないのです。」

「ねぇ、クォーツ。先生はこれからどうなるのかな?」
事務所までの帰り道、僕はアウィンと2人で歩いている。
トパーズとアジュールはラピスが先に連れて帰ったようだ。アジュールは相当嫌がっていたみたいだけど…
「クォーツ?」
「ん?ああ、ごめん。何だっけ?」
「だから、先生はこれからどうなるのかって。」
「どうなるって…放火、殺人未遂で逮捕されたんだから、少なくても何年かは牢の中だろう。」
「でも、それは息子さんのためだったんだし、今は反省もして…」
「アウィン、君は化学変化を知っているかい?」
「え?」
「有益な物質も何かが違えばそれは有毒な物質になったりする。今回の事件はこれと似たようなものだと思うんだ。」
「…」
「親子の絆も一つ間違えば危険なものになる。絆が強ければ強いほどね。」
「でも…」
「アウィン、罪は罪だ。これは何があっても変わることはない。…ねぇ、アウィン。僕たちの絆は強いかな?」
「あ、当たり前じゃない!」
「だったらこの絆は切ることはできないね。」
「え?」
「これからもよろしく、アウィン。」
END